ぜんそくジャーナル

 

155号ジャーナル

心って大切ですね /心因はここまで喘息にかかわります。

          

■無意識でも発作は起こる

心理的な発作の場合でも、発作を起こしやすい心理状態などについてよく理解していて、発作のたびに冷静な原因分析が行えれば、比較的容易に原因を見つけだすことも可能です。 しかし、中には144号のSさんのケースのように専門医でも途方にくれてしまうような例がないわけではありません。
心因の関与が強い喘息では、「鏡の様な水面にそよ風が吹き水面にサァッとさざ波がたった」ぐらいのほんの僅かな情緒の変化であっても、その情緒の変化によりひどい発作が引き起こされることもあると言う事は、よく覚えておいて下さい。
 

■出張帰りに必ず発作

Aさんは典型的なサラリーマン喘息(ジャーナル64号)の患者さんです。昇進、栄転など、仕事上の責任が増えるたびに症状は悪化していました。
クリニックに受診してからは心理的な要因についての知識も得て、本来真面目な方でしたから治療も熱心で初診後半年もたつたころには、喘息も相当軽くなってきていました。
それでもAさんは、時々発作のためにクリニックを訪れていました。
そのころのAさんの発作は、必ずと言ってよいほど、出張から帰ったときに起きていました。
 
名古屋駅まではなんともなかったのに、自宅に着いた時には苦しくてどうしようもなくなっていたとか、自宅に戻る途中で絶えきれなくなり、予定を変更してクリニックに来院するというパターンがほとんどでした。
「出張が終わってほっとする」のが原因であるとの見当は容易につきます。Aさんもそのことは十分に理解してみえて、「気楽に出張に行こう」とか「帰宅してからのワクワクするような予定を立てておこう」など、自分なりに「緊張からの開放」への対応策を立ててはいるのですがなかなかうまくいきません。
ある時Aさんに頼んでみました。出張から帰る道順のどのあたりから発作が始まるのか、1分おきでも5分おきでもよいから、息を大きくハーッと吐いてみて確認してもらえないかとお願いしたのです。
Aさんは、出張から帰る道すがら、ハーッ、ハーッとやりながら試してみてくれました(携帯用のピークフローメーターがあれば、こんな奇妙なことはしなくてもよかったのですが、当時は今ほど一般的ではありませんでした)。
 
その結果は2ヶ月ほどで判りました。
新幹線に乗って名古屋まで着いた時点ではまったく発作は起きていませんでした。ホームから改札口を抜けても大丈夫です。
名古屋駅の新幹線の改札口は駅の西口にありますが、乗り換える地下鉄の駅は東口を出た先にあります。西口から東口までのコンコースは早足で歩いても数分かかります。このコンコースをトコトコ歩いてきて、東口を出ると、当時は駅前のロータリーに「青年像」という名の銅像がありました。
 
このあたりまで来ると発作が起こり始めることが判明したのです。
「青年像を見るあたりから、ハーッとやるとゼーといってきます。銅像がいかんのでしょうか?」とAさんは頓珍漢なことを言われますが、もちろんそんなことはあり得ません。
最終的に判ったことは、「名古屋駅の東口から駅前のロータリーに出ると、Aさんにとっては「自分の縄張り」である地元に帰った「気分」になる」ということでした。
 
出張先からそこまで帰ってくると、Aさんは「やれやれ帰ってきたか」という気分になっていたのです。そして、そのわずかな気分の変化が、Aさんの発作の原因だったのです。
このような気分の変化は誰でも日常的に経験することです。
仕事が終わって帰宅するときに、自宅が見えてくると「ああ着いた」と感じたり、自宅について着替えると「やれやれ」という気持ちになるなど、人によって、又は状況によってそのパターンはさまざまですが、どこかで「ああ、帰ってきたなぁ」と感じるポイントがあるものなのです。
 
この気分の変化はあまりにもありふれたものであり、日常的なものでありすぎるが故に、かえって発作の引き金としては気づきにくいものなのです。
心因は「私にはストレスはない、思いつかない」などと、頭から否定してしまうとなかなか見つけにくいものです。
Aさんの例は心因のデリケートさについて考えるときには、必ず参考にしたい例であると覚えておいて下さい。 (続く)