ぜんそくジャーナル

 

129号ジャーナル

随想/ ゴリラの喘息②   久徳重盛                    


咳はどんな咳なのだろうか、咳の状態が分かれば、それで病名を推察できることが多いので、咳についていろいろ聞いてみました。咳は1日中出ているわけではなく、1日中そんなに多いわけでもないが、咳が出ると相当苦しそうになる、ヒユーヒユーは云わない、抗生剤を注射するため狭い鉄の檻に入れると咳が出やすい、などのことが分かりました。熱はないとのこと。
 
これだけの話を聞いて、とにかくゴン太は肺炎や気管支炎ではないことが分かりましたし、獣医の大野さんの話で、他のゴリラがかかることのある病気でもないことが分かりました。

 
とにかく、ゴン太だけが、なにか特別の病気にかかったことだけは確かです。
まずとにかく、咳の状態をくわしく聞く必要があります。
まずゴン太を診察することにしました。
ゴリラの檻は長方型で、その中央で左右に分けられ、ゴン太は右側の檻にいました。2匹のゴリラは左の檻にいます。
左右に分けた境のところが、1メートル半くらいへこんでおり、そこに左右の檻に入る入口がありました。
ゴン太は右の入口のところに座っていました。外から触ることもできる位置です。
 
しかし、怖くって触ることなどできません。
「危なくありません。大丈夫です。」
動物園の人たちはそう言いますが、入口の近くに立つと、左の檻に居る雌ゴリラのオキと、もう一匹が、時々、バタッと、檻にぶつかって、私を襲おうとするのです。
 
私は一生懸命「こわくない、こわくない」と言いきかせて、2匹の雌ゴリラが私に向かってくるのを無視しました。
飼育係の浅井さんが口を開けてくれて、ゴン太の舌、のどの状態をみましたが、あとはただ観察するだけです。
獣医さんや、浅井さんたちから病状を聞きながら、30分近くもゴン太を観察しました。
 
それでも、いろいろなことが分かりました。
とにかく、カゼでも気管支炎でも肺炎でもないこと、ふつうゴリラがかかることがある病気でないことは獣医さんのいままでの検査で分かっています。
「やはり、ひょっとしたら喘息かも知れない」
「とにかく、このゴン太君がいままでどんな育てられ方をしたか、それを知らねばならないな」
「咳の状態をくわしく知りたい」私はゴン太君を診た時、そんなことを考えていました。
事務所に帰って私はゴン太君のいままでの育てられ方をくわしく聞きました。
ゴン太君は、マウンテン・ゴリラという種類です。人間でいえば1~2歳の頃、人間がゴン太君の親を射ち殺して、ゴン太君を奪い、東山動物園に売られてきたのです。
 
ゴン太君が日本に来た頃はまだゴリラの現地での生態はそれほど知られていませんでした。
ゴン太君は東山動物園にひきとられ、浅井さんが飼育係になりました。
現地での何のことも分かっていなかったので、その当時では人間にとってもぜいたくな、上等な野菜や果物、それに肉なども食べさせられました。
アフリカは暑いから日本でも暖かくしなければいけないと、いつも最低20度に保温されて生活しました。
もちろん運動は檻の中だけです。
そしてゴン太君は体重が360㎏もあり、世界第二の肥満ゴリラに育ってしまったのです。
 
ふつう雄のマウンテン・ゴリラは体重250㎏くらいだそうですから標準より40%も体重の多い肥満児だったのです。
ゴリラの研究がすすむにつれて、現地の気温は寒い時は五度くらいにまで下がること、食餌は野性のセロリだとか、竹の子、竹の子といっても、われわれ人間が食べる竹の子とちがって、若い竹を手で折って、その内側の白い部分をかじって食べるのだそうです。
日本に来たゴン太君は、温かすぎる生活をさせられ、栄養過剰の食料を食べさせられ、檻の中で運動不足で育てられ、世界第二位の肥満ゴリラにさせられてしまったのです。
 
私はその時、ハッと気がつきました。いまの日本の子供や大人……、(1)飽食・過食の時代、(2)暖房・厚着にしすぎの時代、(3)そして運動不足の時代。
ゴン太君はそれを強制されて病気になったのだが、いまの日本人も、文明に強制されて、まるでゴン太君とおなじ生活をしているのではないか……。
咳のことをくわしく知るため、私は大野獣医さんに頼んでテープに録音してもらうことにしました。