ぜんそくジャーナル

 

130号ジャーナル

随想/ ゴリラの喘息③   久徳重盛   

 
東山動物園のゴリラのゴン太君が原因不明の咳がでて、衰弱しているからということで、往診を頼まれた私は、1回目に往診に行った時、ゴン太君の養育原(育てられ方)を詳しく聞いて、育てられ方が異常だったから、その結果病気になったのであろうと考えました。
 
この診断は、あとになって、ピタリと当っていたことが判明しました。
ゴン太君は結局、この病気で死亡してしまい、解剖された結果、「育て方の為の病気」で死亡したことが分かったのです。
このことはまたあとで詳しく説明します。
ゴン太君の病状は「咳」ですから咳の状態を詳しく知る必要があります。私の依頼で東山動物園では咳のテープ録音をとってくれました。
私は何十回も耳をすませて、その咳を聞きました。
咳は乾いた、しわがれたような咳で、これは咳の状態からみて、明らかに気管支炎や肺炎の咳ではありません。
 
犬がフィラリヤ症にかかった時に出る咳にやや似ていますが、動物園の調査で、寄生虫はいないことも分かっています。
咳の一種に心因性咳がありますが、それともちがいます。
これだけ状況が分かってくるとひょっとしたら喘息かも知れない。
そんなことも考えられなくはありませんでした。
いま一つ考えられるのは、ゴン太君は世界第2位の肥満児であるということです。脂肪太りのゴン太君のことだから、おそらく内臓も心臓も、全身に脂肪がおおっているはずなのです。
 
私は何回もテープを聞きなおしました。
非常に喘息の咳によく似ているけれど、どこかちがうのです。 ヒユーという音が全くないのです。
しかし、いずれにしても、ゴン太君は人間に育てられるようになってからの、その「育てられ方」が原因となって発病したのです。
私は、そのことを東山動物園の大野獣医さんや、飼育係の浅井さんに詳しく説明しました。
 
大野獣医さんは、私の説明を聞いて、ゴン太君は間違いなく、育て方に問題があって、この病気になったことを理解して下さいました。
余談になりますが、大野さんはいま東山動物園でコアラ飼育の責任者として活躍しておられます。
次に、それではこのゴリラのゴン太君をどう治察するかということです。
肥満を治さねばならないし、イキイキ活動的な生活をさせねばならない、2匹の仲間と引き離されて、ひとり孤独に座っているだけでは病気は治らない。
しかし、元気な2匹と一緒にすると、元気な雌が病人の雄のゴン太を襲い、いじめてしまうので一緒に楽しくということもできない……。
それに病気の診断ができた時はすでに時期が相当遅すぎました。
 
ゴン太君は私が診察した頃、すでに時々、失神し、バタッと倒れたりしていたこともあったのです。
大した治療の方法もないまま、診断がついて間もない或る日、ゴン太君は死亡していました。
解剖の結果は肥満、ゴン太君の腹から脂肪だけで約100㎏かき出されました。心臓も脂肪でおさえられ、働きが悪くなっていました。
人間でも、心臓のはたらきが悪くなって、心不全状態に陥ったときに、ぜんそくのような症状が出現することがあります。
心臓のポンプ機能が低下するために、血液の流れが悪くなり、肺がむくんでしまって、水っぽい痰と、咳を伴う、一見喘息のような呼吸困難発作をひきおこしてしまうのです。
 
この病気は、心不全が原因でひきおこされるために、普通のぜんそくとは区別して「心臓ぜんそく」と呼ばれています。
ゴン太君の原因不明の咳も、この「心臓ぜんそく」と同じようなしくみでひきおこされていたのです。
そして、その原因は、「大事に育てられすぎた」ための肥満による心不全と考えられました。
ひょっとしたら、世界ではじめての人間以外の動物のぜんそくかもしれないという期待(?)も少しはあったのですが、やはり、ぜんそくになれるのは人間だけのようです。